それは騎士の誘いを断ったことを謝罪しに言ったときのことだった。礼に則り膝を折り頭をたれたスザクに対し彼女は少しも気分を害した様子もなく何時もの様に微笑んでそれを受け入れた。


「残念ですが仕方ありませんね」
「本当にごめんね。ユフィ、」
「いえ、私の我侭なのです。お姉さまにも叱られてしまいましたし」


その時のことを思い出したのか少し恥ずかしそうに拗ねてみせるユーフェミアにスザクは微笑んだ。ああ良かった。何とか丸く収まってくれそうだ。そんな安心感が心を満たした。ここで騒ぎを大きくしてしまうのは得策ではない。ただでさえ王宮の中でのルルーシュの立場は微妙なのだ。皇位継承権はそう高くないが彼の優れた知能は貴族たちにとって毒にも薬にもなった。中にただ彼が第二・三皇子・皇女に気に入られているだけで妬むものすらいる。
だからユーフェミアが拍子抜けするほどあっさりとスザクを諦めてくれたとことは非常にありがたい事だった。彼女も兄の微妙な立場を少なからず理解していたのだろう。ああ良かった。そう思っていた。
けれどもユーフェミアの言葉にはもう一つ続きがあったのだ。


「ぜひ貴方も私の大事なものの中に入れたかったのに」
「え?」


予想もしなかった言葉に思わず聞き返してしまう。単純な疑問。彼女は今なんと言った?大事なものの中に入れたかった。そう聞こえた。事実彼女はそういったのだろう。けれどその言い方はどこか普段の彼女には似つかわしくない無機質さを感じさせスザクは無意識のうちに身構える。ユーフェミアはスザクの問いには答えずにただ微笑んでいるだけだ。その笑みさえ、先ほどとはまるで違って見えてしまう。


「どういう…意味?」


訪ねていいものかとも思ったが我慢ができなかった。今自分が相手にしているのは一体誰なのだろうか。目の前で微笑む女性は本当に慈愛の姫とまで謳われたユーフェミアなのか、それを問われて是と言い切ることがスザクにはできない。そんなスザクの動揺をあざ笑うかのようにユーフェミアは再び笑みを作り直す。にっこり。そんな音が似合いそうな完璧なそれはどこまでも仮面のようで奇妙なものだった。


「私、大切で好きでずっと傍にいて欲しい方が一杯いるんです」


コーネリアにシュナイゼルやクロヴィス、可愛い妹のナナリー。そしてスザクとルルーシュ。一つ一つ指を折り、甘い菓子を数えるような声音で上げてゆく名前は確かに全て彼女の近しい者たちだ。けれどそれら全員はユーフェミアが相手を想うのと同じくらい彼女を大事に想っているだろうに、それをどうしてわざわざスザクに言うのか。


「全部欲しいんです。全部私の掌に納めて私だけ見ていて欲しい。でも……、」
「…?」
「あなたもお兄様が欲しいんでしょう?」


それじゃあ駄目なんです。そう肩を落としたユーフェミアはスザクに向き合い、少しだけ悲しそうに微笑む。それにスザクは彼女の本意を唐突に理解した。
そうか、彼女は誰よりも我侭なのか。自分が想う人間全てが自分ひとりだけを見てくれることを望む彼女はまるで小さな子供のようだ。愛され慈しまれ育っただろう彼女はとても純粋にそれを求める。彼女の姉は思っただけの、いやそれ以上の愛をくれたのだろう。けれども兄は、ルルーシュはきっと違う。きっと彼が見ているのはいつだってナナリーなのだ。そしてナナリーもルルーシュを一番に見ている。ユーフェミアにしてみれば目の前で自分以上に大切にされている人間を見るのは初めてだっただろう。純粋な戸惑いと少しばかりの嫉妬。そして生まれたのは独占欲だった。スザクの存在がそれに拍車をかけた。結局スザクもルルーシュが一番大事なのだ。(そうだ僕はルルーシュが欲しい)
自分で気づかないフリをしていた感情を他人に引きずり出されて言葉を失ってしまったスザクにユーフェミアが申し訳なさそうにしている。さすがに言葉が過ぎたと思ったのか。しかし後悔先に立たずとはこのことだ。もしかしたらユーフェミアは自分で自分の首を絞めたのかもしれない。スザクを自覚させたのは他でもないユーフェミア自身なのだから!








「そうか…そうだね。僕は、」