スザクがポットとカップを手に取りかざしてにっこり微笑めば、この場が何のために設けられた席だったのかをルルーシュも思い出したらしい。そのまま自然な流れで三人分の紅茶をそれぞれに配っても特に彼は何も言わない。それどころかユーフェミアの前にわざわざ菓子を引き寄せてやっている。兄の優しさに無邪気に喜ぶユーフェミアを見て微笑む彼は結局のところ妹に甘いのだ。これがもし三番目の兄クロヴィスだったのならば彼はもっと端的な言葉であしらい席に着くことすら許さず追い返しただろう。(しかも兄は弟に追い返されたことすら気づかない!)それもまあ皇族兄弟の微笑ましい光景ではあるのだけれど。やはりスザクは彼が心から微笑んでいる姿を見るほうが好きだ。だからルルーシュが姉妹たちといるところを見ているのはスザクにとって至福のときだった。けれどもルルーシュにとっては必ずしもそうではないらしい。いや、そうでなかったというほうが正しいだろう。今でこそユーフェミアに対し屈託なく接しているが前はどこか壁があったのをスザクは知っている。だってそれは他でもない自分が理由なのだから。


ユーフェミアとスザクがルルーシュを介して出逢った当初、彼女はスザクに対して己の騎士にならないかと誘いをかけてきた。確かにそのときは未だスザクが正式なルルーシュの騎士ではなかったが幼いころから彼に仕えてきたスザクは当然のようにルルーシュの騎士になるのだろうという雰囲気だったし事実本人たちもそのつもりだったからユーフェミアの言葉は続いてゆくはずだった二人の穏やかな時間に少しの波紋を呼んだ。結局その話はスザク自身受ける意思がなかった事とコーネリアが彼女を嗜めたためにそれ以上大きくなる事はなかったのだが、スザクを失うかもしれないという事態は思った以上にルルーシュの心の負担となったらしくその後暫くユーフェミアとスザクが近づくことを異様に嫌がった。


しかしそれもユーフェミア自身の言葉であっさりと解決することとなる。彼女はスザクを騎士に欲しいといったその唇で、もういりません、と言ったのだ。呆気に取られたのはルルーシュだ。目の前で微笑む妹をまるで得体の知れない生き物を見るような目で見ていた。しかし同時に酷く彼が安心していたのをスザクは知っている。もうこれで自分の感情に悩まされることはない、彼の笑顔はそう語っていた。ルルーシュはスザクもユーフェミアも大事だったのだ。大事でどちらも手元から離したくなかった。そしてその身勝手さに誰よりも悩み苦しんだ。妹の願いを叶えてやりたいと思う反面スザクを手放したくないと思う気持ちに押しつぶされてしまいそうだった彼をスザクは見ている。その度に彼の手を取り震える肩を抱いて自分が本当に傍にいて守り使えたいのはルルーシュ一人なのだと伝え続けた。身勝手なのはルルーシュではない。スザクなのだ。ルルーシュが苦しんでいると分かっていてもその原因の一端に自分がいて彼が自分を思うゆえだと考えるたびに喜びで震えた。なんて酷い。そして彼が謝り続けたユーフェミアもとても自分勝手なことにルルーシュは気づいていない。いや、ルルーシュだけではない。きっとコーネリアでさえ彼女の本当の気持ちなど知らないだろう。慈愛の姫と称される彼女の笑みを一枚めくってしまえばそこにあるのはただ己の願望に忠実な一人の可愛らしい幼子のような無邪気さだけだ。そしてスザクはその無邪気さがどれだけ残酷で身勝手かを知っている。彼女がそれをまるで悪戯を告白するようにこっそりとスザクへ語ったのはもう随分前のことだ。








「誰にも言わないでください」