テラスに出されたテーブルの上には先ほどメイドが用意してくれた色とりどりのケーキと香り立つ紅茶が三人分並。思わず微笑んでしまいそうなほど平和な光景だというのにこの空気の重さはどういうことだろう。スザクは頭を抱えたいような気持ちで己の主を見た。この場の権利は全て彼が握っているから彼が嘘でも微笑んでくれれば現状はそれはもういい方向へ動くだろう。しかし願いむなしくその表情は硬いまま、何に文句を言うべきなのか計りかねたような顔をしている。一方その横には慈愛の姫がニコニコと微笑んでいて、その笑みに兄の不機嫌に構う様子は見られない。これが先から何の変化もないまま続いている。すっかり膠着状態に陥ってしまった状況にスザクはこっそりとため息を吐いた。これは緊急事態だ。二人とも己のペースを崩そうとしないから余計に事が進まない。そして何よりルルーシュが想定外の訪問者に態度を決めかねているのがスザクには良く分かった。
本当はこの時間のお茶はスザクとルルーシュ、二人だけでこっそりと楽しんでいたもので、それに誰か他の人間が立ち入ることなど今まで一度としてなかった。本来主従関係にある騎士と主が団欒の席を共にするなどということはありえないのだが、どうせ一緒に居るのだからとスザクの主は頓着する様子が無い。普段は規律を重んじるスザクにとっても主である前に幼いころから共に育った気の置けない幼馴染であるルルーシュからの提案は嬉しいもので思わずそれに甘えてしまったのが始まりだった。こっそりと設けた二人だけの時間。それは一日の内で密かな楽しみとなっていたのだが。
しかしそれをどこから聞きつけたのか今日は茶会の席にユーファミアがルルーシュの隣を陣取っていた。彼女は確かに少々天然だがそれでも状況を弁えるほどの分別はある。幼いころから直系の姉に甘やかされていたのも事実だがそれと同じくらい礼儀作法というものを叩き込まれたのだ、と他ならぬ彼女自身から聞いた。その姉、コーネリア自身の性格を考えてもそれは本当の事だろう。
それではこの予告なしの突然の訪問は今日だけの特別な我侭といったところだろうか。それをスザクは可愛い発想だと捉えて許すことができたが此処の主はどうもそういうわけにはいかないらしく、先ほどから難しい表情を崩していない。女兄弟に甘い彼には珍しいことだったがやはり親しき仲にも礼儀ありというのだろうか。しかしそれは自分の騎士を同じ食卓に付かせている彼が言えたことではない。…だからこそ今この状況があるのだろうが。
「…ユーフェミア、どうしてお前がここにいるんだ」
「ナナリーがお兄様はこの時間は此処にいらっしゃるって教えてくれました」
言外に、どうしてこの時間の茶会の秘密を知っていると問えば彼女はあっさりとネタ晴らしをする。思いがけず妹の名前を聞いてしまったルルーシュは彼女を怒る事も妹を叱ることもできず頭を抱えるしかない。彼はシスコンなのだ。
当のユーフェミアは彼の反応が満足のいくものだったのか機嫌がよさそうに微笑んでいる。その光景は誰がどこから見たって仲の良い兄妹だろう。黒の皇子と慈愛の姫君。年の近い彼らは思いのほか仲がいい。
それを言うとルルーシュ本人は否定するが本当に彼が妹を厭っているのならば何時までもこの場にいることを許しはしないだろう。彼は大切なものとそうでないものの区別がとても明確な人間だ。一度懐に入れた人間に対して彼はどこまでも甘く、大切な人間が悲しむことを人一倍嫌い悲しむ。その優しさがスザクは愛しく思うのと同時にとても不安になるのだ。彼はいつか崩れてしまうんじゃないか。そんな細い肩に、腕に一杯の大事な人とその感情を一人で抱え込んで。だからスザクは彼の騎士となったときに一生の誓いを立てた。(そんなこと当のルルーシュは知らないだろうけれど)
とりあえず今はこの状況を何とかしなければ。本当なら皇族同士の会話に割って入るなど非礼どころの騒ぎではないがこの場合は仕方ないだろう。幸いここにいるのは三人だけで特に見咎める人間もいない。そう勝手に結論付けてスザクは二人に向き合った。
→「お茶が冷めてしまうよ?」