それからしばらく当たり障りの無い会話(軍務には触れずともスザクの軍でのいろいろなことが聴けた。個人的には良い収穫だ)が続いたころ部屋の扉がノックされる。セシルが立ち上がって悪戯っぽく「お待たせ」と微笑まれ、それで自分が何をするために此処に来たのか思い出した。
「すみません、此処に来るように言われたんですけど…ってルルーシュ!?どうしたの?」
「忘れ物、お前参考書だけ持ってっただろ」
「あ、…ああ!ごめん」
ありがとう、素直に言われた礼に「迷惑じゃなかったか?」と尋ねれば「まさか、嬉しいよ」と返される。安心して表情を崩せばつられるようにスザクも微笑んだ。そうしているうちにいつの間にかセシルがもう一度お茶の準備を始めている。さすがにこれ以上は悪いと思い辞退しようとするも、もう淹れてしまったしせっかくだから、との声に逆らえずルルーシュはスザクと共にもう一度ソファーに座りなおす。
「まさかルルとこんなところでお茶が飲めるとは思って無かったよ」
「俺もだよ」
平和で和やかな時間に此処が軍施設の一角であると言うことを忘れそうになる。スザクの役にも立てたし軍務もそんな危険じゃなさそうなことも分かってよかった。スザクを心配していたナナリーに今日の話を話してあげよう。きっと妹は喜んでくれる。そんな時間を夢想して上機嫌になっているとまた扉がノックされた。
「ねぇセシルくーん、僕のCDR知らなーい?」
聞こえたのは間延びした、人を食ったような声だ。聞きなれない話し方に怪訝な顔をしていたのだろう、隣に座っていたスザクが少し苦笑して「技術将校のロイドさんだよ」と教えてくれる。ロイド、ロイド、どこかで聞いたことのあるような名前だ。(でもまあ珍しい名前でもないしな)思えばこれは俺の記憶が無意識にふたをして思い出さないようにしていた暗黒の記憶だったんじゃないか、とルルーシュは後に考えることになるのだけれどそんなこと今は知る由も無い。
とりあえずスザクの上官に当たる人の前で闖入者の自分が座っているもの失礼だ。もしタイミングが合えば簡単な挨拶くらい、そう思ってセシルさんと話し込んでいる人間のほうを向いた。
(………え、)
一瞬何が起こったのかわからなかった。背筋に嫌な寒気が走り、なんだか上手く立ってられない。極め付けに手には汗をかいている。言葉が詰まって上手く出てこなくて開いた口からは空っぽの音だけが漏れている。これは恐怖だろうか。なにか思い出してはいけない嫌な思い出が蘇りそうになる。(落ち着け落ち着け落ち着け!)アイツがこんなところに居るはずが無いじゃないか。大体今見えた人の髪色はどうだ、似ても似つかない薄紫だ。大丈夫大丈夫。アイツは居ない。此処にはこない。言い聞かせ無理やり自分を落ち着かせる。スザクが心配して声をかけてくれたがそれにすら上手に返せない。
「ルルーシュ、どうしたの?大丈夫?」
「おやぁ?お客様かな?」
今初めて気が付きました、と言わんばかりにその白衣の男、ロイドさん、はこちらにくるりと向き合う。心のうちなんて間違ったって他人に見せない笑みとぶつかってルルーシュは逆に開き直れる気がしてきた。そうだ、ロイドを見てあの男を思い出すのなら、いっそあの男を前に取っていた態度で振舞えば良い。大丈夫だ。七歳前の幼子だって恐怖をごまかすことが出来たのだ。今の自分に出来ない理由が無い。
「はじめまして、ルルーシュ・ランペルージです」
計算づく、とスザクに称された笑顔を顔に貼り付けてルルーシュはロイドと向かい合う。彼は一瞬虚を付かれたような顔をした後すぐにそれを、楽しくて仕方ない!という狂気じみた笑顔に変えた。こいつ絶対まともじゃない。マッドサイエンティストだ。分かっていたことだけれど嫌な人間に係わってしまった。汚された気分だ。
類は友を呼ぶ、そんな日本の言葉を思い出して妙な納得を得てしまった。あの兄の配下の人間だ。そりゃまともな人間じゃないよな。七歳の子供に十年たっても消えないトラウマを植え付けた二番目の義兄を思い出してげんなりする。
「うんうん、よぉーろしくねー!」
ああ嫌だホント嫌だ。こういう種類の人間は生理的に苦手だ。ヒックリ返ったカエルのような声に頭痛を覚えつつ愛想笑いだけは崩さない。こうなったらもはや意地だ。握手だってしてやる。相手から差し出された手を握りつぶしてやろうかと思う勢いで合わせようとした。が視界を遮るように入る茶色がそれを邪魔する。
「…スザク?」
「スザクくーん?」
ルルーシュの位置からはスザクの背越しに、驚いたようなロイドの顔が見える。なんだこれは、なんだって自分はスザクの背に庇われているんだ。そうだ本当にスザクのそれはルルーシュを背に庇うような立ち方なのだ。面食らっているルルーシュを尻目にロイドは物凄く楽しそうに顔を緩める。上機嫌だ。
「スザクくん、怖い顔だねぇ〜」
「………」
「別に彼をとって食ったりしないよ?」
ニマニマと笑い続けるロイドの様子からしてスザクの表情は硬いままなのだろう。一体何がそんなに彼を頑なにさせるのか、背に庇われつつも彼の考えはさっぱり読めない。それはともかくロイドはスザクの上司なのだからこの状況は不味いだろう。セシルやロイドがそんなに細かなことを気にするような人間には見えなかったが他の人間がやってきても困る。とにかく今はスザクを如何にかしようと肩に手をかけたときようやくスザクが口開いた。
「ロイドさんは、駄目です」
「ちょ、スザク?」
「ルルーシュが脅えてる。触らないでください」
「?!」
当然のことのようにキッパリ言うスザクにルルーシュは息をのむ。言葉が上手く出てこなくて同様は先ほどの比ではない。ロイドは目を見開いた後すぐに、”物凄く面白い玩具”を見つけた子供の顔をした。怒っていないのが幸いなのかルルーシュには分からない。
「あは!ね、ね。それってどういう意味?」
「意味も何もそのままの意味です」
「スザクっ!!」
ほっとけばまだまだ勝手に話し出しそうなスザクをその後どう黙らせたとか、そんなことはもう覚えていない。