初めての戦闘が終わって慌しかった艦内もどうにか落ち着きを取り戻しMSパイロットも次の放送が入るまでは各自待機との放送を受けてシンは自室へと向かった。同じような造りの通路が入り組んだ艦内を迷いそうになりながらも自室へとたどり着くとそこには既に同室のレイが戻っていて入ってきたシンを視線だけで迎える。そのまま何を言うわけでもなく視線を手元の端末に戻してしまったレイに何か違和感を覚えてわざと乱暴にレイの横に腰掛けた。ベッドのスプリングからその動きが直に伝わったらしくレイから無言ながらも非難をこめた目線を向けられてシンは大げさに両手を挙げて降参のポーズをとって見せた。
「そんな睨まないでよ。ていうかレイなんか怒ってる?」
「別に。これは俺が勝手に感じている怒りでお前には関係がない」
「…それってオレに対して怒ってるんだよね?」
「そうだが?」
「じゃあオレ関係なくないじゃん!」
普段恐ろしく優秀なレイはどこかズレていてそれは自分の感情を表すという事になると益々顕著だからシンは毎回その感情を正しく導いていくのに苦労する。今もどうして自分の言葉がシンに否定されたのか分からないといった表情でレイはシンを見つめていた。それに答えるべくシンは一から順を追って説明を始める。
「だから、レイがオレに対して怒ってるんだったらレイはそれをオレに言う権利があるし、オレも聞く権利と義務があるわけ」
分かる?と尋ねると未だレイは掌握しかねているらしく考えるような顔をしている。きっとレイの中では自分の中で感じているものは全て己で処理するべきものとして分類されておりそれを他者に向ける、という選択肢は存在していないのだろう。だから彼は人に対して冷静な判断が出来る代わりに頼って泣くということを知らない。それはとても寂しいことだとシンは思う。だからシンはレイの側を離れないで居ようと決めた。自分から手を伸ばすことを知らない彼にはシン自ら手を取ってやれば良い。
「オレのせいでレイが怒ってるのにそれをオレが知らないなんてイヤなんだよ…」
「シン…」
対等でいたい。側にいたい。支えていきたい。伝わらない思いが空回りしている気がして悲しくて思わずレイの肩を掴んで俯いた。手のひらから伝わる微かな体温に訳もわからず泣いてしまいそうだったけれど、レイが次の言葉を紡ぐ前に顔を上げて無理やりに笑顔を作った。
「オレがレイに対して怒るときがあったら遠慮なく言うからさ、レイもオレに対して腹が立ったらちゃんと言ってよ」
あ、それだとオレ、レイに怒られてばっかりかも。わざと冗談めかして明るく言えば初め何か言いたげな表情をしていたレイも微笑した。
「お前が、一人でどんどん前に出て行こうとするから、心配した」
暫くの沈黙の後ぽつりと呟かれたレイの言葉は最初何を指しているのかわからなかった。ただそれが先の怒りの原因を示しているのだろうということだけを感じて静かなレイの告白に耳を傾ける。
「インパルスの速度に追いつけないザクにあれほど苛立ったのは初めてだ。待てと言っているのにお前は俺の言葉を聴かず一人で敵の中に…」
そこまで言ってレイは言葉を止めて頭を抱えるように前かがみに持たれ込んでしまった。驚いて様子を伺うために顔を近づけたシンに――恐らくそれはシンに聞かせるつもりの無いレイの独り言だったのだろう――小さな声で確かに聞こえた。
「心配で自分が死んでしまうかと思った」
それにさっきの何倍も驚いてシンは勢いよく身を引いた。それに気付いたレイが顔を上げる。レイは先の言葉がシンに伝わっているとは思っていないようで、顔を真っ赤にして驚いた顔をしているシンを不思議そうに見つめる。それが余計にシンをパニックに追い込む。
前の独白の流れからレイの言葉が先の戦闘のことを指しているのは分かった。確かに自分はレイの忠告を何一つ聞かずに自分ひとりで敵に突っ込んで行ったのは事実だ。戦闘中はハイになっていたからそうは思わなかったけれど今考えるとなんて命知らずなことをしていたのだろうと思う。
けどそれでレイが心配して怒ってくれているだなんて思いもしなかった。
不謹慎だけれども、これは、凄く。
「レイ」
「どうした?シン?」
「ちょっとごめん。抱きしめさせて」
「は!?」
唐突な頼みに驚いているレイの返事を待たずにシンはレイの背に腕を回し肩口に顔を埋める。いつの間にか抱きしめられている状態に気付いたレイが反射的に逃げようとするのも許さない。暫く繰り返した後、根負けしたレイが呆れたようにため息を吐いた。
「俺は怒っていたはずなんだが…」
「うん。だから、オレすっごい嬉しい」
イマイチ咬みあっていない様な会話にレイは疑問符を浮かべるも自分に抱きつき懐いてくるシンを邪険にする気持ちは既に無かった。感じる温もりが失われなかったことに感謝してレイもシンの背中に己の腕をまわした。
END
【フライングラバー】
2005.09.26-Copyright (C)Baby Crash