どうやら靴が足に合っていなかった様で少し歩いただけですっかり足が痛くなってしまった。目的地までは随分あるのだけれどさすがに歩いているのが辛くて丁度良く側にあったベンチに座り込む。行儀が悪いとは思ったが瀬に原は替えられず窮屈なローファーを脱いで足を風に晒す。その様子を自転車を止めたシンが隣に座って心配そうに見ていた。五月の陽射しが眩しくてこれからくる季節を予感させた。
土曜の午前中。課外が終わった学校から歩いて帰ろうと言い出したのはシンで、どうせ午後は暇だし偶には歩くのも良いか、と軽い気持ちでOKしたのはレイだった。しかし普段バスで20分掛かる道を二人で歩いて帰るのは思ったよりずっと大変で半分も来ないうちにレイの足が痛み出して冒頭へと戻る。
土手の下に広がる郊外特有の未開発の土地に広がる道は辛うじて舗装がしてあるだけで回りは森。コンビニどころか自販機すら見当たらない。もちろん人ともすれ違いはしない。正直恐ろしい。毎日ちゃんと通えているはずの道が果てしなく感じてふと自分たちはとんでもない選択をしてしまったのではないかと不安になる。その上レイは足を痛めて歩くのが辛そうだ。自分が誘わなければこんなことには。自責の念に頭を抱えているとシンの様子に気付いたレイが声を掛けた。



「そんな顔をするな。大丈夫だから」
「でも…ごめんオレが歩いて帰ろうなんていったから」
「賛同したのは俺だ。気にするな。楽しい」



レイの声音は常と変わらず穏やかでそれに少し救われたような気持ちになった。そのまま少し休んでから出発しようという事になったのだけれど靴擦れは少し休んだくらいでは直らない。レイの足は幸いにもまだ靴擦れには至っておらず少し赤くなっているだけだったがそれも長く歩けば悪化して余計酷くなるだろ。しかもそのまま歩けば自然と患部を庇うような歩き方になり、それは他の部分への怪我へと繋がる。
どうしたら良いのか。これ以上レイにムリをさせたくないシンは頭を抱えた。そこに自分が今日は乗ることなく押してきた物が浮かぶ。



「…自転車、二人乗りできるかな?」
「え?」



呟かれた言葉にレイが反応する。ここまで押してきた自転車はさっきシンが止めたままにあり乗ろうと思えば乗れそうだった。ただシンの自転車は無理な乗り方をしているためか見かけ以上にボロボロでシン一人漕いでいても偶にぎしぎしと軋む。二人乗せて平気、という保証はなかった。が、背に腹は変えられない。



「まぁ…レイ軽いし、大丈夫だとは思うんだけど…ねー…」
「?」



主語をぼかしてゴニョゴニョと自分を勇気付けるシンにレイは疑問符を浮かべた。







漕ぎ出してみれば案外いけるものでシンの心配を他所に二人分の重さを難なく乗せて自転車は進んだ。後ろに座ったレイの腕がシンの腰に回されている。頼りないそれが酷く愛しくてシンはペダルを踏む力を強めた。自転車はグングン風を切って進む。最初からこうすれば良かったと思いながらふと横を見ると土手の下、雑木林を越えた遠くに光を弾いて輝く大きな川が見えた。シン達の住む街の県境に流れるその川は特に水が綺麗なわけでもなく普段は気にも留めないのだが、その日は太陽に照らされた水がキラキラと輝いて美しく、シンはつい目を奪われた。海に似ている。





「オレさーやってみたい事があるんだけどレイ付き合ってくれない?」
「俺に出来ることなら構わないが一体何をするんだ?」
「オレ小さい頃から夏に制服着て海の見える坂道を自転車二人乗りで下るのが夢だったんだよねー」
「なんだそれは…」



レイの呆れたような声音に後ろを見なくても表情が予想できてシンは苦笑いする。やっぱりバカバカしすぎるだろうか。古い漫画やドラマでもあるまいしこんな理想像を持ってる自分が恥ずかしいとは分かっているけれど。



(一回きりの青春だからさ。好きな人と一回くらい)



ダメなら何度でも頼むつもりでシンが再びレイに声を掛けようとするとそれより早くレイが口を開いた。



「…いつ海に行くんだ?」
「え!!レイ付き合ってくれるの?!!」
「夢なんだろう?」



思ったよりずっと早く貰った色よい返事に思わず声が大きくなる。「ホントに?絶対?」口早に聞き返すと後ろでレイが頷く気配。嬉しくってずっとこのままこうしていたいとすら思う。降り注ぐ五月の陽射しが眩しくて、それは遠くない夏を期待させた。







END



冒頭は実話です。
6キロの道のりを友達と三人で歩いて帰りました。
三時間かかった。

【青春トラベラー】


2005.09.25-Copyright (C)Baby Crash