彼が誰よりもこの軍に忠誠を尽くし、ギルバートに従順であることを、長く側に居たシンはよく知っていた。彼の日ごろの鍛錬は全て軍の任務を滞りなく行うため。そしてそれはギルバートへの忠誠の証へと繋がる。そういうときの彼の瞳は真っ直ぐに前へ向けられていて迷いの無い色をしている。彼は彼の中で絶対の存在であるギルバートがいてこそ存在していけるのだ。彼が彼のままに居ること。それが嬉しい。けれどやはり憎からず思っている人が自分以外の者を思っているのは気持ちのいいものじゃない。その瞳を見るたびにシンは嬉しいような苦しいような複雑な思いをしていた。
でもやはり彼が全てを曝け出して安心できる人の存在に少なからず安心していたのは事実なのだ。普段人に頼られる側の彼が思い切り甘えられる存在。それに信頼と実績を持って返す。とても良い、理想的な関係だと思っていた。
だからこそ理解が出来なかった。
「いま、なん、て…?」
頭が理解できる範疇を超えていた。告げられた言葉をもう一度思い出して理解しようと噛み砕くがまったく分からない。だってありえない。でたらめにも程がある。兵士に平気でデマを流すなんてザフトは一体いつからこんな低俗な場所になってしまったんだ。
「だから、レイが営倉入りになってるのよっ!」
もう一度同じことを言うルナマリアの口調も普段よりずっと強く苛立たしげに繰り返す。彼女も突然のことに理解が追いついていないらしくソワソワと自分の取るべき行動と言動を探している。本来国に使える軍人としての正しい反応は何もしないことだ。全員が同じ方向を向いて上の命だけに従い出来ないもののことを切り捨てて進む。そうアカデミーで習い、シンもルナマリアも一瞬前までそれが正しい反応だと思っていた。けれどもそんな正しく、しかし冷酷な判断を下せるほどレイとの関係は浅いものではなかったのだ。同僚、友人、そして、シンにとっては大切な守りたいと思った人。
レイは誰よりも真っ直ぐにギルバートを見ていた。従っていた。忠実であった。誰よりもそばで見ていたのは自分なんだから間違いは無い。そのレイが軍を裏切った?まさか。むしろ裏切られたのはレイの方じゃないか。そして自分も。
そうしたらもう迷う必要なんて何処にも無かった。
営倉が並ぶ薄暗い通路を息を切らして走る。途中まではザフトレットの権限と顔見知りのパイロットということで警備の兵の油断もあり比較的楽に倒して来れたけれど最後の方はキツかった。それでもここで自分が倒れるわけにはいかない。決して自分に向けられていたわけではないレイの真っ直ぐな瞳を思い出しそれを希望に先へと進んだ。
一番奥、突き当たりの牢に彼は居た。シンに気付くと驚き悲鳴のような声で名前を呼んだ。ここまで来るのに手こずって服や髪がずいぶん乱れてしまった。顔には少しだけど怪我もある。それでレイはシンがここにどんな方法でやって来たのか分かってしまったのだろう。シンの身を案じて狼狽するレイに愛しさを感じる。力なく微笑んで安心させようとするけれどレイは珍しく取り乱しているようで、どうして。なぜ。と呟きながらゆるく頭を振った。そのまま力が抜けたように座り込んでしまったレイを格子越しに出来る限りの近さで抱きしめてシンは安堵の息を吐く。
レイが営倉入りになったと聞いた時の自分もこんな風だったのだろう。そして今同じだけの感情をレイは向けてくれている。その方向性が食い違っていたとしてもかまわない。その事実だけでこの先たった一人を信じ守り生きていける。そのことにシンは歓喜し、レイを抱く腕の力を強くした。
「レイ。逃げよう。オレと」
腕の中のレイがシンの言葉に顔を上げる。向けられた瞳には絶対的存在に裏切られたという絶望に失望と、現れたシンに向けられる僅かな光。それでもシンの言う余りにも非現実的な提案にレイの僅かに残る冷静な部分が良しと言わせない。それを分かっていてシンはなし崩しに言葉を続けた。
「大丈夫、オレがレイを守るよ。裏切ったり、しない」
確かな声音で誓うように言い切ればもうレイはそれを拒否したりしなかった。シンに全てを預けるように身体の力を抜き腕の中。聞き落としてしまいそうな小さな弱い声をシンに向けた。
「俺も、お前を、まもる」
「…うん。レイ、レイ…」
「シン…」
お互いの名前を呼んで幸福感に酔いしれる。逃げるときには手を繋いでいこう。お互いの背中に回された腕から伝わる温もりに泣きそうになりながらそう決めた。
16:03
END
これもプチパラレルですがとりあえずノーマルの方に。
議長はわざと逃がすと思います。
【出来合い逃避行】
2005.09.21-Copyright (C)Baby Crash
出
来
合
い
逃避 *
行 。○.。
地の果てまでいけるさ!