彼があそこまで酷い言葉を吐ける人間だったとは思っていなかった。確かに日ごろから気に入らない物に突っかかっていく様子はあったけれどもそれは誰の目から見ても明らかに問題のあるような事にのみでレイから見ていても(そのやり方はともかく)感情そのものをそんなに可笑しいと思うことはなかった。だけれどもさっきのは状況も相手も違う。シンが言葉を向けたのはアカデミーの教官ではなく仮にも一国の代表なのだ。それに無礼をしてどうなるか分からないほど愚かでもなかろうに。これ以上事を大きくしない為にはその場で頭を下げさせるのが一番良い。咄嗟にそう判断して彼の元に向かった自分の手を、シンは怒りに任せて振り払った。それも今まででは無い様な事で、レイはつい怯んでしまう。常のシンならばどんな不満そうな顔をしていてもレイが諌めるように名前を呼べば渋々ながらも一応形だけの礼は取ろうとするのに。あんなふうに乱暴に拒絶されたのは初めてでそれが少し異様だった。
そういえばあんなふうに何かを押さえ込まれたような言葉だけが相手に向けられているのは初めてだった。ルナマリアとシンが言い争っているのを何度か聞いたことがあるがそのときの声音とはまったく違う。今までに聞いたことのないような、憎しみ悲しみ怒り、全ての感情が入り混じって流れ出したような音で、それは感情的な言葉のはずなのになぜか酷く冷たく聞こえた。普段明るく笑いかけてくる彼からは想像できるものでもない。一体何が彼をあそこまでさせるのか。
改めて考えてみれば自分たちには知らないことだらけだ。レイはシンがオーブからの移住者だという事は知っていても、それがどういう経緯でそうなったのかを知らない。それと同時にシンもレイの事を知らないはずだ。レイがそれを知らないと同じようにシンもレイのそれを知らない。そのことは酷く楽で二人の境界をはっきりと分けたが、同時に歩み寄るための決定的な壁になっていた。普段気にならないそれが今はとてももどかしい。
そう感じている自分に少し驚いたがその感情は決して不快ではなかった。無理に聞き出そうとは思わない。けれど話して欲しいとは思う。思いがけなく生まれたその感情はとても柔らかな美しいもので、レイは体中に染み渡っていくような錯覚を覚えた。もっと話が出来たらいい。そう思った瞬間、戦闘開始を知らせるコンディションレッドの警報が届いて思考を断ち切った。










END




【闇をさらったとしても】


2005.10.19-Copyright (C)Baby Crash