守るものが無いという事実はとても楽だった。オーヴとかプラントとかロゴスとか理念とか偽者とか本物とかラクスにカガリにアスランとか。正直今の僕には大して重要ではない。人は一人でも生きていけると知ってしまったから。表面には笑顔を貼り付けて穏やかな様子を装っているけれど薄い皮を一枚はいでしまえばそこには何にも無い只の空虚な穴が空いている。ああもうどうでもいいや。僕は乞食にも神にもなれるんだ。


名前も知らない街(たしかベルリンといった気がする)を破壊していく巨大な連合のMSを見ているのはいっそ気持ちが良かった。アレには敵のMSも建物も一般市民もみんな同じように見えているのだろう。躊躇の無い残酷さこそ一番神に近いものではなかろうか。隣で一緒にモニターを見ていたカガリが息を呑むのが分かったけれど理解は出来なかった。おかしいなぁ。彼女とは同じ遺伝子を持つ双子と呼ばれる存在なのに。どうしてここまで違ってしまったのだろう。僕は何処に心を落としてきたのかな。それとも端からそんなもの持っていなかった?
ゆっくりと無為な思想にとらわれていくのはいつものことだった。そしてその後は決まって酷い吐き気に襲われる。隠すのは簡単だった。そっと皆の輪から離れて自室で内の嵐が去るのを待てばいいのだから。嘔吐の苦しさに震える背中を撫でる手の平を望んではいない。汚い僕は皆嫌でしょう?薄い同情心を向けられて自己満足の優しさに酔われるなんて死んでもゴメンだった。



ああイライラする。こんな感情は久しぶりだった。怒り。嫌悪。とうに失くしたと思っていた感情が湧きあがってくる気がしてレバーを握る手に力を込めた。
デストロイのパイロットに呼びかけるインパルスのパイロット。乱れた回線で偶然拾ったその叫び声にも似た少年の声に言い表せない嫌悪感を感じた。止めさせると言うのか?この、人としての感情を持つとも知れないMSのパイロットを?戦いたくないと。ばかばかしい。
少年の声が必死さを増すたびに心が冷めていくのが分かった。いつかの自分の幼さを見せ付けられているようで羞恥心すら感じる。思いとそれを押し通す力さえあれば守れぬものなどないと信じていた愚かな幼さ。そうして幾つもの大事なものがこの掌からこぼれていって一体今いくつ残っている。守れた、そう思った瞬間に奪われたあの少女はもうここに居ないではないか。涙を浮かべた瞳は真っ直ぐに自分を捕らえていたというのに。


過去を思い出すのはいけない。囚われすぎては繕えなくなる。ようやく微笑めるようになった嘘を無駄にしてしまう。それまでどのくらい心が血を流したか。嘘で縫いとめて作り上げた虚像の僕を見抜かれるなんて事があってはいけないのだ。
美しい存在は全て奪われた後だった。守るものが無いというのは失う悲しみを忘れるということだった。だから最後、通信からノイズにまみれて聞こえてきた少年の悲痛な叫び声に耳を傾けることなく目の前の破壊者を打ち落とした。その後のことはよく知らない。









END




【百万の嘘でひとつをかくす】


2005.11.05-Copyright (C)Baby Crash