くだらない愛を、
























「私は世界を恨んでいないし、きっと世界も私を恨んでいないわ」


真っ直ぐと前を見て凛とした様子で紡がれたその言葉は普段の甘い菓子を思わせるような音ではなく、まるで聖書の言葉を読み上げる神父のように澄んだ誇りに満ちたものだった。それが今まで自分が抱いていた彼女のイメージとはかけ離れたものに思えてアスランは少し驚く。ミーアが用意された演説以外でこんな風に話すことは無いだろうと思っていたのだ。そしてそれはアスランの勝手な思い込みだった。
ミーアはラクスでない、そういいながらも内心ではどこか同じように見ていた節があったのかもしれない。その欠片が今の見たことのないミーアの様子と繋がってぼやけた輪郭を生み出している。
次の言葉を繋げられないアスランを見てミーアは漸くその本物のラクス・クラインを思わせる聖職者のような表情を崩し、甘さを感じさせるミーアの笑顔をアスランへと向けた。


「あたし幸せよ?大好きな歌が毎日歌えてとても幸せ。それが皆の役に立っていてとても幸せ」


ひとつひとつ、大切なドロップの数を数えるようにミーアは話す。それがまたラクスとは違った神聖さを感じさせてアスランは黙ってそれを聞いていた。昔も同じようにこうして彼女と話していた。いや、彼女は今ここに居る彼女ではなかったけれどでも確かに同じ…


「アスランと居られてとても幸せ」


ああやはり彼女はラクスに似ている。姿や声などよりももっと先に。
その、笑う、柔らかさ、


嫌だった。自分の思い出が蝕まれていくようだった。あの時一緒にお茶を飲み自分に花の名前を教えてくれたのが誰なのか。分からなくなってしまう。
ミーア?それともラクス?
どちらか一方で無ければならなかったのかも知れなかったし、もしかしたらどちらでもいいのかもしれなかった。
黙り込んで俯く。今顔を上げて、自分の目の前に座っている少女を正確に判断する自信がアスランには無かった。情けなさと、幾分の恐怖で手が震える。それを抑えるように掌を強く握りじっとそこばかり見ていた。
アスランの中でラクスはラクス、ミーアはミーアそれはきっちりと線引きのされた存在でなくてはならなかった。同じ顔の人間が同じ声で同じように己の名前を呼ぶ事実に耐えられるほどラクスの存在はアスランにとって軽い物ではなかったから。
アスランは顔を上げられない。










そうして時ばかり流れて随分経つ。










(君が世界をうらんでいなくてもきっとオレを恨むだろう。自分はどうでもいい事にこだわりすぎて最後のときまで真実を認めることが出来ずに雨の中に君を置き去りにしてしまった。結局二年前のあの頃から自分は何一つ前に進めていないのかもしれない。自分に笑顔と愛情を向けてくる人ばかり傷つけている。オレの思い出のラクスも、確かにいたミーア・キャンベルという少女のラクスも、きっと両方オレが殺した。
ああミーア、きみの歌が聞きたい)




まだきみは笑いかけてくれるの?










END




【くだらない愛を、】


2005.10.31-Copyright (C)Baby Crash