ふと気紛れに触れた彼の髪が想像していたものよりずっと柔らかくて少しの感動を覚える。彼がいちいち髪の手入れなどに気を使うわけがないのだからこれはきっと天然のものなのだろう。意外な感触に、そのまま手を離すのが勿体無くなっていると、いい加減鬱陶しくなったのか紫の目にじとりと睨まれた。無言のままでも彼の意図するところは十分すぎるほどによくわかって、とうとう無言の重さに耐え切れずに手を離せばようやく彼が口を開いた。
「何」
短く問われたそれが何日ぶりに聞く声かは考えない。彼は自分たち以上に他人とのかかわりを嫌う。
バカ正直に髪の手触りが気持ちよくて離せなかったなんて言える訳がなく、だからといって誤魔化す言葉も見つからない。しかたなくだんまりを決め込んだオルガに逆に興味をそそられたらしいシャニは滅多に動かさない顔の表情を意地の悪い微笑みに変えた。
「俺の髪の毛気持ちよかった?」
「!」
あっさりと言い当てられた胸のうちに驚き、つい手の内にあった本を閉じてしまう。栞は、挟まれていなかった。面白いまでの分かり易い動揺っぷりにシャニは一層その笑みを深くしていた。嫌な笑い方だな、とオルガは思う。シャニはそういう風でない笑い方の方が好ましい、とも思った。思ったけれどもそれをそのまま伝える気には成らなかったので正確に伝わるように一言、その笑い方は止めろ、とだけ言う。その言葉にシャニは途方にくれたような表情になった。
「じゃあオルガはどんな笑い方がいいの?」
「普通の」
「よくわかんない。オルガって説明へただよね」
「・…」
シャニの容赦の無いあんまりな評価にオルガは閉口する。シャニのよく言えば無邪気な言動は度々オルガに向けられた。シャニが誰にでもそうなのかというと、決してそうではないのだから真理を謀りかねる。オルガに対し幼稚に振舞うシャニがクロトには酷く筋の通った大人びた話を組み立て口喧嘩で勝利しているのを知っている。シャニの普段呂律の回らないためにくぐもって聞こえる声が声高に自信に溢れた話を紡ぎだすのを見たときは酷く驚いた。同時に綺麗だとも思ったけれど。
会話が途切れたのを見計らってオルガは閉じてしまった本のページを探すことにした。パラパラと文字の羅列を追っていく、さっきまでそれはオルガにとって何より価値のあるものだったはずなのに今はちっとも興味がもてない。既に読んでいたページのおぼろげな内容すら記憶しておらずオルガは見失ったページを探すのを諦めた。いま意識を閉めているのは紙の上の物語ではなく。
「なぁ、お前の髪…」
わざと最後まで言わずぼかした言葉をシャニに向ければ彼は理解したようにヘラっと笑う。それもあまりオルガの好まない笑い方だったので少し眉をひそめた。
「俺の髪、緑でしょう?硬かったらまるで茨の冠だってさ」
誰に言われた、とは語らずまたシャニは言葉を閉じる。茨の冠。それは罪人の証のような。
「…ばっか、お前の髪柔らかすぎんだよ…。茨なんかとは似ても似つかねぇっうの」
わざと乱暴な手つきでシャニの髪をかき乱して否定の言葉を紡ぐ。当事者ではない自分のほうが痛い顔をして本当にその表情をしているべきシャニがまた腑抜けた、オルガの好きな表情で、笑うものだからまた酷く胸が痛んだ。緩く目を瞑って体重を預けてくるシャニを振り払う理由をオルガは持っていない。
END
【10:茨の冠】
2005.09.26-Copyright (C)Baby Crash