この事態を誰かに話すことなんて無いだろうと思っていたしするつもりもなかった。死んでいくものの言葉は生きている者には重いだけだ。わざわざ告げる必要など無い。なにより優しい彼は知ればきっと気に病んでしまうだろうから。最後のときまで俺が友人でありつつけるつもりなら、こんなことを彼が知る必要は無い。
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それまで特定の人間以外から無条件の愛情というものを向けられたことがなかったので、最初、彼の態度に随分戸惑った。俺にとって好意や愛情というものは与えられるものではなかった。温かい言葉をかけ笑い優しく触れてくれるのは絶望的な環境から救い、自分を育ててくれた二人だけ。それ以外の人間には何も期待していない。うわべだけを見て持て囃していたかと思えば真実を知れば嫌悪を向ける。みなあの研究員たちと同じだとそう思っていた。けれどもシンは屈託の無い笑顔を当たり前に向ける。
ぎこちなく触れてくる彼の指に穏やかな気持ちになるのは事実だ。細く長い指が髪に触れ、頭を撫でるときと同じように。彼らはともに黒い髪を持っているけれど近くで見ればその色も様々に違う。シンの髪は明るさを感じさせる黒だ。癖のある髪が動くたびに揺れるのを半歩後ろから、隣から見ているのは好きだった。 信頼を置いた相手に笑いかけられ好意を感じてともに過ごす時間は心地いい。出来るのならこのままずっとこのぬるま湯の中で生きていたいとすら思う。叶わないことだとは想うけれど。
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自分の命が限られたものだという事はすでに知っていた。ならば残された時間を暗闇から救ってくれた彼の望みの為に生きる。彼のためならば自分に向かうシンの感情を利用することすら厭わない。気付き上げた幸せな過去を裏切ったって構わない。 元から自分にはシンに想われる資格など無いのだ。利用して裏切って失望させて。計画が軌道に乗ればシンの力も不要になる。そうしたらもう彼が間違うことの無いように。自分などに構ったのが間違いだったと想えばいい。俺を憎め。
(お前が幸せになるように)
悪い夢でも見たと想って忘れてくれれば良い。確かに感じた幸福が、否定されてしまうのは悲しいことだけれど。俺がお前にしてやれることはなにもない。残せるものも、少ない。だからせめてお前の小さなキズになれれば良い。
「俺はクローンだからな」
痛むたびに俺を思い出して、憎み、できることなら、早く忘れて。
END
【07:告白】
2005.09.18-Copyright (C)Baby Crash