休日。早朝9時から始まった補習授業は10分を残すのみとなっていた。隣のクロトがテキストをカバンに詰めて早々と帰り支度を始めている。この補習に最後まで全力の抵抗を見せていたのがクロトだ。ゲームの発売日だかなんだか知らないが、教師におもりを頼まれていたため傍観するわけにもいかず半ば引きずるようにしてつれてきた。朝から口汚い言い争いまでして最終的に犬用の首輪まで出したのはもはや意地だ。こっちだって教師に半ば脅し的されて頼まれている。そこで諦めたら自分の身が危なかった。
抵抗を示したくせに教室に入ってからは比較的真面目にプリントに取り組んでいたのは意外だった。




「オルガ、ここわかんない」


くい、と逆側から腕を引かれる。見ればそれは中学生レベルの英文だった。クロトとは対照的にシャニは未だにプリントをこなしている。シャニは数学や理科などの理数系がとびぬけて出来る代わりに英語や国語などの文系ができない。問題はおろか喋っている言葉ですら文法が曖昧だ。それでもどんな数式でも簡単に解いてしまうシャニを見て数学者に変人が多いことに納得した事をよく覚えている。


「まーだそんなとこやってんの?」


一通り帰りの用意を終えたクロトがプリントを覗き込んだ。小馬鹿にしたような口調にシャニの眉が下がる。好戦的な様子にオルガは人知れずため息を吐いた。シャニを急かして早く帰りたいのは解るがこれでは逆効果だということにクロトはまったく気付いていない。そもそも帰りたいのなら一人で先に帰ればいいのにそれをしないのは無意識のことか。まあ、幼い頃からなんだかんだでずっと一緒だったのだからそれも仕方ないのかもしれない。


「早々に帰り支度なんか始めちゃってプリントは終わったんですかぁ?」


クロトを窘めようと口を開いたのとほぼ同じタイミングで上から声が降ってきた。間延びした、彼特有のそれは一番聞きたくなかった声らしく全員が顔を歪めている。クロトは遠慮せず不快そうな呻き声まで漏らした。
それを”彼ら特有の挨拶”とだいぶ前向きに受け止めてアズラエルはわざとらしく肩をすくめる。最初の頃は三人が質問に答えないだけでいちいち落ち込んでいたのが嘘のようだ。(本人は隠していたつもりらしいが、三人はちゃんと知っていた)




「ハイこれ」


三人には胡散臭いと評判の笑顔を湛えたまま紙の束をシャニに渡す。数枚ずつに留められているそれは結構な厚みが感じられた。


「…何これ」


渡された紙の束を見てシャニが訳が解らないという表情になる。後ろから覗き込んだそれはどうやら英語のプリントらしい。単語から文法まで多種多様だ。


「君はそれを明日までにやって、教科書の基本文を三回以上書くこと。それくらいすれば前回よりマシになるデショ」


前回、とは先月に行われた中間テストを指していることはすぐにわかった。英語の平均が四十を割るほどだったにもかかわらずシャニは平均を大幅に下回る点数を持ち帰った。(そのときのアズラエルの嘆きようは酷かった)それで彼なりに考えたのだろう。自分の考えを語る口調は自信に満ちている。
反対にシャニの表情は死んだように硬い。家で勉強なんて信じられない。そんな顔をしている。


「は、良かったじゃんシャニー、これで少しは出来るようになるかもよ!」


一時的に同じ敵(アズラエルだ)を持つことによって忘れられていた空気がクロトの言葉で湧き上がる。常ならばさして気にするほどの言葉でもないのだが今のシャニは気が立っていて八つ当たりの対象を探していた。この二人は取っ組み合いとまでは行かないものの口汚い罵り合いをする。中央に座っている自分は自動的に飛び交う暴言の中心に置かれことになるとすぐに気付いた。それはゴメンだ。そう思って二人を止めか非難か考えた。


それをアズラエルの声がまたも邪魔をする。




「クロト、君は数学のワークを全てやってまた明日も来なさい。僕が徹底的に教えてあげます」


アズラエルがにっこりと笑う。
そういえばクロトは前テストの数学で平均云々どころではない点数を取っていたなあ、と隣で噴出して盛大に笑い出したシャニの声を聞きながら思い出す。笑いながら机をバシバシと叩くのでそれが空に近い教室に大きく響いた。クロトの呆然としたような顔を見て、きっと自分たちも来ることになるんだろうな、と半ば諦めの域に達して大きなため息を吐いた。それも全てかき消されて聞こえない。




休日。早朝9時から始まった補習授業は終了の時刻を迎えていた。




16:03

END



パラレル。というか実録。シャニは英語が出来ないといい。
でも話せたらいい。オルガは全部平均的に出来るんだけど
二人に付き合って補習を受けてる感じです。

【10分間の出来事】


2004.11.22-Copyright (C)Baby Crash