昨夜、夜も更けたころに上機嫌で帰ってきたスザクにああ、これは仲良くなってしまったんだな畜生。と口汚くも内心思ってしまったのは本当だった。神楽耶はブリタニアの兄妹がやってくると聞いて渋る玄武を尻目に純粋に喜んだのだ。確かに国交間では友好的とはいえないしあの帝国のやり方は神楽耶も好きではない。しかし個人間ではまったく別の問題じゃないかというのが神楽耶の考えだったし、何より同じ年頃の友人が二人も増えるかもしれないなんて、滅多に枢木の家からでられない神楽耶にしてみればこの上なく嬉しいことだ。


しかしそれにはスザクの協力が不可欠だった。神楽耶は母屋からそう遠く離れることを許されてはいない。もちろんこっそり抜け出して会いに行くことも可能だがそんな事をして立場が悪くなるのは神楽耶ではなく相手のほうだ。それはいけない。だから自由に動けるスザクが二人と仲良くなりここまで連れてきてくれる事が最高の形だと神楽耶は考えた。しかしそれには大きな問題があった。スザクの父親に影響されすぎた反ブリタニアの思想。しかもスザクは兄妹のために自分のお気に入りだった土蔵を明け渡すように父に言われここ数日非常に不機嫌だった。(そもそも自分の息子と同じ年頃の子供に対するとは思えない玄武のこれに神楽耶は抗議したが聞き入れてはもらえなかった)(その余りの頑固さと大人げのなさに思わず糞ジジイと呟いてしまったのをスザクが驚いた顔をしていたが無視したのは余談としておく)
その問題の兄妹がやってきた日、姿の見えないスザクに嫌な予感がして、まさかいくら彼でも、と自分を安心させようとしたがそれも上手くいかない。彼はいい意味でも悪い意味でも酷く素直で実直なのだ。


しかし夕方帰ってきたスザクに昨日までの刺々しい雰囲気は無く、その酷く憔悴した様子を心配した神楽耶が声を掛けるとポツポツと泣き出しそうな声で事情を語りはじめる。何も知らない自分がひどいことを言ってしまった、と零すスザクの瞳には後悔の色と共に何かを決意したような色が見えて、ああこの子は大丈夫だ。と場違いにも安心してしまった。それでも最初の一歩を踏み出せずに居るスザクの背を押して送り出したとき、すでに暗くなった道を何の躊躇も無く進んでゆくスザクの実直さを可愛らしいと思ってしまったのは当分神楽耶だけの秘密だろう。


そして話は冒頭に戻る。夜半過ぎに戻ってきたスザクは出て行った時とは打って変わって、上機嫌としか言いようが無く、結果が気になり眠らずに待っていた神楽耶の元にやってきて興奮気味に兄妹の兄の様子を語ってくれた。話をしてくれた。俺の名前を呼んでくれた。名前を教えてくれた、滅多に見せない満面の笑みでそう話すスザクの様子に神楽耶も自分のことのように喜んだ。




しかし今、一晩開けて神楽耶が何気なく表に出てみたらそこにあったのは何ともいえない緊張した空気で何事かと思ってしまう。爽やかな夏の日の朝にはまったく似つかわしくない重々しい空気の中心に居るのはスザクと黒髪の少年、(例のブリタニアの皇子だろう)で、二人はお互い向き合って沈黙してしまっている。
傷ついたように俯くスザクと後ろに少女、妹だろう。を庇うようにして立ちつつスザクの表情に失敗したというような表情をしている少年。その微妙な距離と空気に二人の間で何かが起こったということが容易に想像できて神楽耶は頭を抱えてしまう。スザク、貴方はまた何をしたのですか。


スザクは決して悪い人間ではないのだが些か乱暴で誤解されやすい。少し自分を過信しすぎて客観的に物事を見るのが不得意なのだ。周りが見えない分どうしたって暴走しやすくそれを後から悔やんでいる姿を神楽耶は何度も見ている。実際、昨日だって幼い兄妹の事情も心情も汲まず己の事情のみで酷い言葉を吐いてしまったと落ち込んでいたばかりだ。この幼馴染のことは好きだけれどもこの性格は何とかしないといけないなとまるで姉のような気持ちになっていたので兄妹にスザクが自分から謝りに言ったときには驚くと同時にとても嬉しかった。しかしいくらなんでも学習能力というものは持っていると思っていたのだけれど。




(まったく男っていうものは!)




アホか!と一度はスザクの眼前で叫んでやりたいと実は常々考えている。馬鹿な子ほど可愛いとは言うが人様に迷惑を掛ける馬鹿は駄目だ。しかし今はそんな事を言っている場合ではない。二人ともが固まってしまっている今この状況を如何にかできるのは神楽耶しか居ないだろう。空気が読めないと思われるのは心外だが仕方ない。おっとりとしたお姫様を演じるのも馴れてきた。これもきっと将来何かの役に立つ。そう言い聞かせて神楽耶が出てきたことにすら気づいていないだろう少年たちに近づいた。


スザク、と何も知らない風を装い名を呼べば肩が微かに揺れてゆっくりとこちらを振り向いた。そのスザクがあんまりにも情けないカオをしていたのには思わず素で脱力してしまいそうになってしまう。途方にくれたような表情には茶の髪色と揃いの犬の耳でも見えてきそうだ。うなだれたそれは主人に見放された犬の様で同情を誘った。それはブリタニアの皇子も同じらしくスザクの憔悴しきった様子に戸惑っているようで彼には既にスザクを咎める気持は無いようだかどうスザクに声をかけるべきか図りかねているようだ。
お互いを見合ったまま固まる少年達にさてどうしたものかと考えあぐねていると神楽耶に声を掛けるものがある。




「あの、まだそちらにいらっしゃいますか?」




少年たちの物とは明らかに違うそれは兄の背にかばわれている少女のものだ。妹の突然の行動に兄が慌てた様子で少女の名を呼んでだが本人は大丈夫です、と兄に微笑むのみだった。それにどう振舞うべきか戸惑った様子で神楽耶を見る。




「はい、居りますよ」




ここに、と神楽耶も微笑みを返せば目が見えないと聞いていた少女は気配で知るのか閉じられた瞳のまま嬉しそうに笑みを深める。それに少女の気丈さを感じて神楽耶は関心してしまう。これが皇族の人間か。何処にいてもどんな状況に置かれても自分を保てと教えられる生き物。それは神楽耶の好む尊さでもあった。




「初めまして、ナナリーです」
「神楽耶、と申します。よろしくお願いしますね、ナナリー」




少女へ名乗り返すのと同時に、あなたは?と側に立つ兄の方へ問う。急に向けられた言葉に一瞬戸惑うような表情を見せるが直ぐにしっかりとした顔をして神楽耶へ礼の形をとった。




「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです。内親王殿下」
「そのような…どうか神楽耶、とお呼びください」
「しかし、」
「私は貴方がたと友達になりたいのです」




そのようなよそよそしい名は悲しい。素直な気持ちを伝えれば少年、ルルーシュは困ったように笑ったが神楽耶の気持ちを汲み名を呼んでくれた。その時の笑みに妹の我儘を聞く兄のような色があり、神楽耶は喜びと恥ずかしさで顔が赤くなるのがわかる。なんて優しい目をして笑う人だろう。細められた紫に目がはなせない。
(こんな方を貴方は何をして怒らせたというの)
突然割って入った神楽耶に着いていけず呆然とした様子で成り行きをただみていた幼馴染みを振り向く。その神楽耶の目が笑っていないことにスザクが引きつった顔をするが無視だ。いっそ彼をこのまま問いつめなじってみても良かったが今はせっかくできた兄妹と触れ合う機会でスザクなどに構っている場合ではない。後でゆっくり聞かせていただきますからね。笑みを深くすればスザクがいよいよ泣きそうだった。


それに一先ずは満足し、さて、と神楽耶は兄妹に向き合う。兄は突然泣きそうになっているスザクに訳が分からず戸惑っているようだったが少しの躊躇したあと結局彼はスザクの元に駆け寄った。気まずさよりも心配する気持ちが勝ったらしい少年はスザクの顔を覗き込みどうしたのかと背中をさすってやっている。
優しいお兄様ですね、と神楽耶はナナリーへ微笑む。兄を誉められた少女は恥ずかしそうにしつつも誇らしげで可愛らしい。




「二人はすっかり仲良くなってしまったみたいですね」
「はい、神楽耶さんも仲良くしてくださると嬉しいです」




ナナリーにはにかむような笑みを向けられて、もちろんです、と神楽耶は頷く。そっと近付き、触れても?と尋ね許可を貰って初めてナナリーに触れた。神楽耶の光を持たないものに対する優しい心遣にナナリーは嬉しそうに笑っている。改めてよろしくお願いしますね、と手を取り合った。しかしそれを無遠慮な叫びが邪魔をする。言うまでもない。スザクだ。




「ああああ!!ずるいぞ!神楽耶!!俺はスッゴい怒られたのに!」
「…何ですか突然」
「何で神楽耶は怒らないんだよ!ルルーシュ!」
「…あれは君がいきなりナナリーの腕を掴んだから怒ったんだよ」




自分たちを指差し声を上げるスザクに理由を尋ねても興奮している相手は話を聞かない。だから少しはその突っ走る性格をどうにかしろというのだ。そもそもずるいなどと言われる意味が分からない。そうこうしているうちに焦れたスザクはルルーシュに矛先をかえた。その勢いに怯むことなくルルーシュは答える。その会話になんとなく先程の睨み合いの理由を察した神楽耶は呆れた目でスザクを見た。溜め息。




「スザク、お前が悪いでしょう」
「う…」
「い、いや。いきなり振り払った僕も悪かったよスザク」
「うぅ…ルルーシュ…!」




神楽耶の言葉にうめくスザクを哀れに思ったのか横からルルーシュがフォローを入れる。その優しさに心打たれた様子のスザクを横目に見つつ神楽耶も彼の優しさが嬉しい。出来の悪い弟に理解者ができたような不思議に満たされた気持ちだ。すっかり仲直りを済ました様子の二人に胸を撫で下ろしていると繋いだままの手が引かれる。
喧嘩ではありませんから大丈夫ですよ、不安なのかと思い声をかけたが返ってきた声は明るかった。少女は「二人とも仲良しなんですよね」と笑う。しかしそれにはどこかすねたような色があることに気付いた。神楽耶の疑問に気付いたナナリーは少し恥ずかしそうに笑い秘密を打ち明けるように話し始める




「昨日スザクさんがいらしてからお兄様はずっとスザクさんのことばかり考えているんですよ。お兄様はそんなこと無い、って言うけれど私には分かるんです」
「スザクも昨日はとっても煩かったんですよ。貴方のお兄様が笑ってくれたとかどんな風に話したとか全部私に話すんです」
「まあ、それじゃあ、お兄様達は両思いですね」




スザクさんにお兄様が盗られちゃうみたい。と拗ねた様に言いつつ自分の言葉に苦笑した少女は堪らなく可愛らしく神楽耶も業と呆れた風に声を作り話せばその様子に少女はくすくすと笑い、それに負けないくらい悪戯っぽい言葉をくれた。思わず神楽耶も声を立てて笑う。両思い、確にピタリと当てはまる言葉だ。
急にあがった笑い声にスザクとルルーシュが不思議そうにこちらを見たが気にしない。どうしたのかと尋ねた兄にナナリーは、女の子の秘密です。ねっ、と神楽耶に子首を傾げて見せる。それに是として頷けばルルーシュが絶望的な表情をして妹の名前を呼んだ。シスコンですか。可愛らしい。高潔なだけではない少年の一面に少しときめきを感じてしまう。




「…スザク、私はあの方を娶りたいです」
「ふうん…って、はぁ?!」
「邪魔をしないように」




神楽耶の突然の言葉に絶句して二の次を次げないスザクにさっさと宣戦布告し、立ち尽くしているスザクを押し退ける。そうして少年に近付いたところで
「絶対ダメだ!!!」
スザクの我に返った叫びが上がったが聞こえない振りをした。それにしたって貴方、涙声って情けない。
















(騎士が目覚めて)