寝不足であまり働かない頭のまま教室に入れば窓際の席に同じような顔をした幼馴染と目があってお互いに複雑な気持ちで笑いあった。
燦燦と室内に降り注ぐ朝日に不恰好な笑顔は白々しく映ったがそれももはやどうでもいい。今日もお互い生きて朝を迎えられた。よかった。もう一つ表情を崩して緩い笑顔に変えたけれど彼はそれには反応せずにただ眠たげな目でスザクを見返している。
ふらふらとした足取りで近づいて隣の席に落ち着けば彼は限界だったらしく頬杖を付いた格好のまま瞳を閉じた。見えなくなった紫を少し残念に思いつつも無防備な彼の様子にとりあえず満足する。
睡眠が絶対的に足りていない思考はどこまでも散漫で緩く広がり、いつもならば見るだけで手を伸ばしはしなかった彼の濡羽にだって欲の赴くまま手を伸ばすことが出来た。考えないって素晴らしい。目を閉じている彼はもちろん掌が伸ばされたことにに気づくはずも無くスザクの願いは簡単にかなえられる。頭の形をなぞるようにゆっくりと動かすドキドキとした気持ちは、寝ている猫にこっそりと触れた時と似ていた。一回、ニ回、三回、でぱちりと紫が瞬き直ぐに剣呑に睨まれた。苦笑して誤魔化す。
「俺は眠い」
「うん、僕も。昨日は随分頑張ってたね」
「そっちも大概しつこかったな…」
「こっちも仕事ですから。あ、傷残ってない?」
する、っと自然な動作で髪を撫でていた掌を頬まで撫でるように移動させる。肌の柔らかさも、擽ったそうに目を細める彼の反応も、昨日の放課後別れた時と何も変わらないことに安心してほっと息を吐く。
昨日は鉢合わせてしまって正直困った。壊さないように殺さないように、しかし不自然に見えないように。常に細心の注意を払いつつ戦場で対峙するのは骨が折れる。大抵の場合は直ぐに彼を護る赤い機体が二人の間に割って入るために事なきを得ていたけれど昨日はそれが少し遅れてしまいスザクのランスロットはうっかり彼のブライを殴り飛ばしてしまった。まさか死にはしないだろうと解ってはいたが正直血の気が引いた。
「お前も大概化け物だな。アレに乗っているのがお前だとは知っていてもいつ首を取られるかヒヤヒヤするよ」
「…そんなことしないよ」
落とされた言葉に少し不機嫌になりつつも頬の他にも肩やらなにやら傷が付いていないかを確かめる様子をルルーシュが呆れた風に見ている。
ここは痛くない?痛くない。ここは、あそこは?大丈夫。平気。
慣れた応酬はそれが何度も繰り返されてきたことを感じさせたし、スザクがベタベタと体を触れて居るにも係わらずまたウトウトと船をこぎ始めているルルーシュは真実スザクを信用し心を預けている。
彼のその安らいだ顔を見て心が温かくなってもスザクは後ろめたい気持ちになどはならない。何かを裏切っているとも感じない。(裏切るって言うのは、もともと信じていたものに対して使う言葉だ)スザクは軍を信じてなど居なかったしルルーシュとは比べるまでも無い存在だ。直属の上官二人には隠し事を少しばかり悪いな、と感じるところもあったがロイド辺りはそれに気づいている気がする。気づいた上で何も言わず、それどころか「君は本当に面白いデータをくれるねえ」なんて満足げにスザクの肩を叩いて小躍りしていたからオッケー大丈夫。スザクは今日も軍人であり続けるしルルーシュも正義の味方のテロリストであり続ける。
一通り彼の体に異常がないことを確認して顔を挙げればルルーシュは当に意識を手放した後だった。居眠りの達人と呼ばれる彼の完璧な寝姿に見惚れつつスザクも隣で眠ることにする。窓越しの太陽が黒い制服を温めてくれるおかげで良く眠れそうだ。朝は今日もやってきたし夜も直ぐに巡って来る。闇色のテロリストを陰で護り続ける白き騎士は隣の存在に感謝した。今日も一日頑張ろう。おやすみ!
掌中の正義