「ルルーシュ、君、昨日の夜何処にいた?」




できるだけなんでもない風に聞こえるように努めたけれど成功していたかどうかは分からなかった。朝、学園に登校してきて顔を会わせたとたん詰め寄るように尋ねたスザクにルルーシュは怪訝な顔をしている。どうしたんだ、と尋ねる声はスザクの様子を心配する色を含んでいたが今はそれに応える余裕もない。答えて、と再度求めればルルーシュは不思議そうにしながらも昨夜のことを思い出す風でもなく当たり前に答えた。




「別に部屋に居たが。どうかしたのか?」




スザクの質問の意図を掴みきれていないのだろうきょとんとした顔でスザクを見返すルルーシュはあどけなく、裏など無い風に見えてスザクは自分の嫌な考えが思い過ごしで有ることを祈った。しかしスザクの記憶にある微かな、しかし強い疑惑はその心の思いとは裏腹に言葉を紡ぎ糾弾のそれを彼に向ける。




「本当に?ゲットーに、いなかった?」
「スザク?」
「答えて。ルルーシュ、お願いだ」
「…何が言いたい?」




ゲットー、その単語に彼の瞳が猫のように細められる。抜け落ちるように温かみを失った紫は明らかに警戒を含んでいてスザクは背に汗が流れたような気がした。友人がこんな反応を示したことよりも色のない瞳を自分に向けられていることが酷く恐ろしくて、今すぐ目を背け、なんでもないよと自分が作り出したこの状況を打ち壊したくてたまらない。しかしそれはスザクの半ば義務的に信じ込んでいる正義感という陳腐なものが邪魔をしている。スザクはルルーシュから目が離せない。


この状況の大本の発端は昨日の深夜にあった。祖界近くで起こった事件に黒の騎士団が動いたという話を聞きスザクの所属する特派もその場に借り出されていた。暫く膠着状態が続いたがその日は結局相手側に目だった動きはなく、日付を越えた辺りでコーネリア率いる本陣から解散の令が出された。それを戦場の外れ、特派のトレーラーで聞いていたスザクはデータが取れなかったとごねている上司を見つつ気持ちを切り替えるため外に出た。辺りはゲットーに近いためか大した明かりはなく静かな闇が広がっている。そのぶん租界の中心からよりも良く見える星を仰いで明日は学園に行けるだろうかと考えた。最近は軍のほうに時間を取れていてあまり通えていなかったから幼馴染の顔が見たいと思った。できることなら彼と、その妹と共に居られる時間がとれたらいいのだけれど。三人で過ごす穏やかな幸福を想像してスザクはひとり表情を緩める。そのためにはまず自分に与えられた義務を果たさなければならない。もう人頑張りだ、と緩む気持ちを叱咤し仕事の残るトレーラーに戻るために見上げていた空から視線を落す。そうすることで意図せずして視界に入ったゲットーの闇の中にいるはずのない親友の姿を見つけスザクは息を呑んだ。ルルーシュ?
昼間でも薄暗いだろう汚れた路地の闇に溶けるようにして佇むその姿を確かに彼だと認め、どうしてこんなところに、と当然の疑問が湧く前にそれは驚愕の気持ちに摩り替わる。バクバクと心臓が音を立てる。声が出ない。どうして、




どうして彼がゼロの仮面を持っている。




嘘だ、と思った。何かの間違いだとも。そこまででスザクの頭は状況を判断することをやめた。ゼロについて彼と交わした数々の言葉を拾えば疑問は簡単に答えを成すだろうがスザクはそれを意図的に拒否することで平静を保つ。護るべき存在だった彼が掌から零れ落ちるのを咄嗟に防いだのだ。心が壊れてしまう。その後のことを良く覚えていない。どうやって持ち場に戻り夜明けを迎えたかすらあやふやだったが決定的な否定の言葉を本人から聞きたい一心で顔色が悪いと心配する上司を半ば振り切るような形で学園にやってきた。どんな白々しくとも彼の言葉で一言違うとだけ言ってもらえればそれをスザクは信じるつもりだった。スザクの見た真実など所詮は彼の言葉の前では無いに等しい。ふざけていると怒られることを承知で(むしろそれを望んで)スザクは昨夜のことを、とつとつと彼に話した。声は震えていたかもしれない。それでもどうにか最後まで話し終えたスザクにルルーシュは何もいわない。黙したまま、スザクの言葉にうっとりと微笑んでいた。場違いなそれは、しかしどこまでも美しくスザクの目を奪う。そして彼は恍惚とした表情のまま溜息をつくように声を零した。その音からは喜びすら滲んで聞こえる。





「やっと気づいてくれた」













***




アッシュフォード学園大学部。その隅に間借りする形で設けられた特派の研究室内に納められている白亜の騎士のコックピットに閉じこもったスザクは文字どうり頭を抱えていた。なんだこれ、何が起こったんだ。ぐるぐると渦巻く疑問は昨夜よりも深刻で重大だったが、それゆえに現実味が無い。人間許容範囲を超えると現実逃避を始めるものだということをスザクは今現在自分のみを持って経験していた。今頭の中を閉めるのは幼馴染ただ一人のことだけ。早朝の朝日に包まれ後光すらさして見えたあの微笑が頭から離れない。作り物でも冷笑でもない珍しい種の彼の笑顔は美しくスザクは素直にいい物を見たと言えたが如何せんそれと同時に落とされた爆弾の威力が強すぎる。そのあまりの衝撃に言葉を失ったスザクにルルーシュは嬉々とした様子を隠しもせず、どこか興奮気味に話し始めた。「ずっといつお前が気づいてくれるか待ってたんだ、嬉しいよスザク」そして彼は眩しいほどの笑顔でこうも続ける。


「改めて枢木スザク、俺の手を取らないか?」


スザクは想定範囲を軽く超えた展開に付いて行く事が出来ず、ルルーシュが嬉しそうだな、とか可愛いな、とか状況の上辺だけをなぞる感想だけが湧いてきて、ただ馬鹿みたいに彼の笑顔に見とれていた。そしてスっと差し出された真白の手を反射的に取ろうとしたところで我に返る。


しかし我に返った上で「ちょっと考えさせて!」とはいろいろな意味で我ながら有り得ない返答だったと思う。思い返しても笑うしかないが、それでもルルーシュは一瞬驚いた顔をしただけで笑みを崩さず淡く微笑んだ。「わかった、待ってる」と純粋に返された返事にスザクは正直ときめいた。普段はクールに見せている幼馴染がふとした時に見せる幼さを感じさせる純真さはスザクが愛しく思うものの一つだったのだ。思わず先の言葉を撤回して抱きしめたいと思ったが僅かに残っていた理性がスザクを押しとどめる。己の欲望と葛藤し、黙り込んだスザクをどう思ったのかルルーシュは気遣うように肩に手を置き優しくこうも言う。




「あの白兜なんて要らないんだぞ?俺はお前さえいてくれればそれでいい」




最後のほうを少し恥らい気味に言った彼をスザクは心の底から愛している。想い人にその身一つで良いと求められた喜びに震えそうになる掌を握り締めることで誤魔化した。
その場で話を終えその後何事も無かったかのように一日を送る幼馴染の姿に、朝のことは夢だったのではないかと疑ったが別れる際に意味深げに微笑んだ幼馴染にこれは現実なのだと知った。


そして今いくらか冷静になった頭でスザクは必死に状況を整理理解しようとしている。スザクが選べる道は二つ。幼馴染を説得し、応じない場合軍に引き渡すことも止むなしとする道か、それとも差し出された手を取り彼と共に生きる道か。昨日まで絶対と信じた正義に順ずるのならばスザクが選び取るのは間違いなく前者で無ければならなかったが、しかし愛しい存在を自分の手で死に追いやることが本当に正義だろうか?スザクは自答し首を振る。否。そんなものが正義であるはずが無い。大儀の前に人を殺してきた自分が言えることではないとは解っていたがこれだけは譲れなかった。そう結論付けたときスザクの正義は死に変わりに新しい秩序が生まれた。明確な定義の無い正義とは違う、目に見え触れることすら出来るスザクの真理。愛しいたった一つ。
目の前の霧が晴れるような気持ちでスザクは伏せていた顔を上げる。決めたらすることは一つだった。すばやく操縦席から降りたスザクは近くにロイドを見つけ微笑み、声を掛けた。




「ロイドさん、ランスロットのキーをくれませんか?」













クレイジーハニー
愛しい君さ!





本編に全力で反逆してみる第一弾
全力でギャグです。