前々からおかしな人間だとは思っていたがまさかここまでとは思っていなかった。完全に予想の範囲外だ。認めよう。今この状況に自分は混乱している。
ルルーシュは確かに痛み出した米神を押さえ必死でこの状況を理解しようと努めるがうまくいかない。ここは自分たち兄妹に与えられた離宮でいま自分が居るのは間違いなく自室だ。よし、大丈夫。それなら自分に何の落ち度も無い。




「久しぶりだね。元気だったかな」




しかしまさか兄、いや第二皇子が窓から侵入してくるだなんて誰が予想しようか!さすがの自分もここまで兄がキてる人間だとは思っていなかった。いや分かっているが認めたくなかっただけか。俺も大概細い神経だな。ふっ、と自嘲の笑みを浮かべるがそれもいそいそと窓から入ってくるシュナイゼルによって遮られる。有り得ない。何この男。色々言いたいことはあったがとりあえず目下の疑問をぶつけることにした。




「ていうかここ三階なんですけど」
「問題ないさ。そこまでクロヴィスが梯を運んでくれた。」




さらりと言うシュナイゼルにルルーシュは再び頭を抱える。第一運んでくれたじゃなくて運ばせた、だろう。可哀想にあの芸術しか才のないひょろい兄は明日筋肉痛にうめくだろうな。可哀想に、しかしざまあみろ。と内心で呟く。ルルーシュはあの兄に対し屈折した愛情を持っていた。まあ会うことがあればからかうついでに慰めてやろうか貧弱者め。はしごを運ばされている兄を想像しルルーシュは少し胸がスッとした。だが今現在の問題は脳天気な兄の筋肉痛ではなく目の前の非常識人の始末だ。ゆっくりと息を吐き呼吸を整えると覚悟を決め向き合う。




「一応お聞きしますが、何しにいらしたんですか」
「可愛いお前の顔を見に来た。あとチェスを打とうかと」
「前半分は聞かなかったことに。そして後ろ半分も残念ながら応えられません。俺はこのあと用事があります」




ルルーシュは努めて事務的に返事をかえす。兄弟の会話にしては余りに簡素なやりとりだがこの男に対してはこうするのが一番だとルルーシュは長年の経験から学んでいた。だから今ルルーシュの言葉にあからさまにショックを受けうなだれているシュナイゼルにもルルーシュの心少しもは動かない。これはこの男のパフォーマンスの一種だ。呑まれてはいけない。大袈裟に肩を落としたシュナイゼルにルルーシュは得意のロイヤルスマイルで近付き背中を押した。もちろん窓ではなく扉に向かってだ。まあ早い話が、帰れ、と。
しかしこのシュナイゼルが簡単に諦めるとはルルーシュだって思ってはいない。案の定シュナイゼルは自分を追い出そうとしている弟の手をとり、向き合った。残りの手はちゃっかりとルルーシュの腰に回されている。まるでこのままダンスのステップでも踏みそうな体勢だ。相変わらず!




「シュナイゼル兄上…」




下から睨むように言外に何のつもりかを問うがそれも見事な笑みで返される。同じロイヤルスマイルでも年季が違う。もちろんルルーシュはそんなものに見とれる様な可愛らしさは持ち合わせていない。頬も染めず悲鳴も上げず返すのは失笑のみ。




「早めお引き取り下さい。約束の相手が来てしまう」
「その羨ましい相手は一体誰なんだろうね」




そしてシュナイゼルも弟の失笑に怯むような可愛らしい神経など持ち合わせていない。崩れることの無いその笑みにルルーシュは顔が引き攣る。ああ傍から見ると何て嫌な笑い方だろう!胡散臭いとしか言い様がないな。その辺の婦人が見れば黄色い悲鳴が上がるその笑顔をルルーシュは容赦なく切り捨てる。もちろん自分が普段その笑顔を駆使していることは棚の上だ。そうしてルルーシュも詮索無用と無言の笑顔を張り付ける。うわべたけ見ればそれは美しい二人たがその笑顔はドス黒い。




「俺のたった一人の騎士ですよ」
「ああ、あの枢木の」
「そうですスザクです。分かったら邪魔せず出て行ってください」
「残念だな益々帰りたくなくなった」
「はぁ?!なに言って…!」
「ルルーシュ」




出された騎士の名に一度は納得した風に頷いたくせに突拍子も無いことを言い出した。何言ってるんですか。そうルルーシュが抗議の声をあげようとする前に名を呼ばれ腕を捕まれ、それで簡単に動きを封じられてしまう。引き寄せられたことで近付く距離に思わず身がこわばった。それにシュナイゼルが小さく笑う。




「そう脅えられても傷付くな」
「今すぐ速やかにお離し下さい。シュナイゼル殿下。ていうか触るな変態」




兄上から殿下に変わった敬称はハッキリと拒絶の意を含めたがシュナイゼルは苦笑するのみでまったく応えていない。その唯我独尊っぷりがルルーシュの気に障る。おもわず眼光を強くしたが、それにシュナイゼルが懐かない猫を想像し一人勝手に微笑ましい気持ちになっていることなど知る由も無い。こんな可愛らしい生き物の手を誰が離せようか。シュナイゼルはワザとらしいくらい明るい笑い声を上げる。




「変態、ね。相変わらず悪い口だ。」
「っ…!それ以上近付くとっ!」
「近付くと?」




「コーネリア姉上を呼びます」




さてどうなるか。とそれまで余裕を持って状況をみていたシュナイゼルはルルーシュから上がった思わぬ名前に素で声をあげてしまう。「…は?」コーネリア姉上ってあのコーネリアですか。呆けるシュナイゼルを尻目にルルーシュはさっさと自分の携帯を取り出しコールをかける。その姿に、まずい、とシュナイゼルの顔色が変わった。今彼が何を考えているかルルーシュには良く分かる。
コーネリアはまずい。本当にまずい。コーネリアは女ながらにフェミニストの紳士なのだ。彼女は妹達を溺愛し、ルルーシュも目を掛けてくれている。そしてシュナイゼルはコーネリアが苦手だ。いや交流はあるし、普段はむしろ仲のいいほうだが一度彼女が怒りだしてしまったらもう駄目だ。その瞬間からシュナイゼルに人権は無くなり正座の上長々と軍人風情たっぷりな説教を受けることになる。上官が部下を叱り付ける様なそれはどちらかと言うと文人気質の強いシュナイゼルには苦痛でしかないのだろう。どうしてあんなに怒鳴りつける必要があるんだ、というのが彼の意見である。




「ちょ…!待ちなさいルルーシュ!!」
「待ちません。窓から入ってきたことも、ちゃんと姉上に叱られて下さい」




ついでにあること無いことも言って差し上げますね。
つん、とすねる様に言ってみせれば一瞬シュナイゼルの表情が緩んだが直ぐにそれどころではない状況を思い出したのか頭を振った。どうせ可愛いとでも思ったんだろ。バレバレである。
この、変態。と心中でシュナイゼルを罵り、背を向けコーネリアが電話に出るのを待った。コールの音が一回、二回、三回目。そして途切れる。




「コーネリア姉上!」




ルルーシュの背後でシュナイゼルの悲鳴が聞こえた。その後のことはあえて言うまい。





























本当はこの後電話をさせまいとするシュナ様とルルがもみ合って倒れて押し倒したような体勢になったところにコーネリア様がやってきてシュナ様が死ぬほど怒られるお約束!的な話になる予定でしたが力尽きました。本当はクロヴィスも窓から入ってくる予定だった。