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生まれてから今日ほど自分の浅はかさを思い知らされた日はなかっただろう。心臓がバクバクと五月蝿いほどに音を立てているのに強く拳を当てて誤魔化すように蹲った。息が切れているのは此処まで全速力で走ってきたからだ。そうだそれ以外の何者でもない。誰が聞いているわけでもないのに言い訳のように繰り返す。俺は悪くない悪くないんだ。だからこんな嫌な気持ちになる必要はない。勝手に入ってきたのはあいつらのほうなんだから。俺の場所を取られたんだから怒って良いんだ。父だって桐原の老人だってあの国の人間に慈悲なんていらないって言っていたのを聞いたじゃないか。だからだからだから、でも。
でも本当に?あの少年は確かに嘘つきだった。あんな薄暗く埃まみれの土蔵を嘘の言葉で飾っていたのだから。白々しいそれは自分の場所を取られたことに苛立っていたスザクの凶暴な感情に拍車をかけた。何もかもが気に入らない。少年の声も言葉も何もかも。だからその感情のまま彼の妹の前で嘘を暴いてやったのだ。それはとてもいい気分だった。自分から殴りかかってきたくせにあっさりと伸されている彼はずっと弱い存在に思えてそれもスザクの高慢さを助長させた。


抗う力もないくせに。お前なんかお前なんか。(いなくなってしまえばいいんだ!)


その酷く凶暴な感情の中にいたスザクを小さな少女の悲鳴が現実へ引き戻す。見れば彼の妹の少女が車椅子から身を乗り出すようにして自分たちのほうへ向いていた。クス売僧に乗っている彼女は足が動かないようで自分たちにはそれ以上近づくことはできないようだったが、それでもその必死さに思わず気圧され手を止める。スザクが怯んだその間に地面に這い蹲るような格好になっていた兄が必死で体を起こそうとしていた。彼は妹へ声をかけようとしたが先ほど殴られた衝撃で喉からかすれた呻き声しか出せない。それに彼の顔はもどかしさで泣きそうに歪んでいる。まるで今自分が声をかけなければ妹が死んでしまうとでも言いたげなそれに、そんな顔を見せたほうが不安になると思うけれど。そんな冷めた気持ちで彼を見ていた。だって彼は妹へ情けない姿を隠したいだけだと思ったのだ。自分たちの、少年の情けない様子は既に彼女にも見えているはずだろうに、こんな状況で今更何を妹へ取り繕うというのか。こんなところまで嘘つきか?あざ笑うような絶対優位な立場からの感情。


けれどそんな意地の悪い汚い考えは少女の悲鳴のような告白で粉々に砕けた。












…ごめん、ごめん。だって俺は。俺は!
此処でこんなことを言っても仕方がないのに聞く相手も許す相手もいない懺悔はスザクの口から勝手に零れ落ちる。だって知らなかったんだ。彼のことも彼女のことも周りの大人たちはブリタニア人ということしか教えてくれなかった。どうして兄妹二人きりでこんな場所へやってきたのかも、二人がどういう人間なのかさえもスザクは知らない。ブリタニア人があんなに自分と同じただの人間だなんて聞いてない。知らない。
掴んで引き倒した彼の腕はスザクのそれよりずっと細くて弱い人間のものだった。殴られた痛みに顔を歪めていた少年は自分と同じ生き物ではなかったか?それどころか、体の不自由な妹を気遣い不安にさせないようにあんな嘘まで付いた彼はこんな自分よりもずっと優しい人間じゃないか。自分には兄弟がいないから妹を慈しむ彼の気持ちは良く分からない。でも彼が優しい人間だということは分かる。
ブリタニア人。そんな括りでしか世界が見えていなかった自分を酷く恥じた。それと共に一つの願いが心に浮ぶ。ああ彼と。


(友達になりたい、)


彼にちゃんと謝りたい。話がしたい。彼のことが、もっと知りたい。そうだ自分は彼らの名前さえ知らないじゃないか。
暗い闇に落ちたその願望は淡く光りとても輝いて見えた。そうだこんなところで蹲っている場合じゃない。あんな何もないようなところへ放り出された兄妹のほうが不安で一杯だろうに。今までずっと一人きりだったから友達の作り方なんて知らない。(けれど絶対に成し遂げてみせる)
決意に押されて顔を上げれば遠くに紅い鳥居が見えた。そうだ此処はスザクの場所だ。入ってきたのは彼ら。だから俺が守ってあげる。それでいつか、どうか。




俺に笑ってくれたらいいのに。












騎士が目覚める
カウント