軍に戻る、そういい残して去ってゆくスザクを引き止める言葉が無い。いつだってルルーシュは置いていかれる側なのだ。それは奇跡的に再開し同じ学校へ通うようになってもなんら変わらない。あまりの情けなさに泣きそうでいっそ縋ってしまいたいと思う。行くな、とみっともなく声を上げて手を掴んだら彼は一体どんな顔で自分を見るだろう。けれどそんなことは考えるだけで恐ろしかった。
彼は自分の前に立ちふさがるものに酷く冷淡でいちど失望したものに対してなんの執着もしめなさない。七年前、お世辞にも友好国とは言いがたい異国の子供に周囲は冷たかった。それでも唯一枢木の名を持ちながらもルルーシュへ手を差し伸べてくれたスザク。彼はルルーシュを認めない友人たちをを簡単に捨てていった。最後にルルーシュたちさえ手元に残っていればそれでいいんだ。そう言ったスザクの背中に庇われてみた世界をルルーシュは良く覚えている。確かにあの時自分は彼に守られていたのだ。個人主義の頑固者、ただ正義に対して誠実な少年。それがルルーシュの知る枢木スザクだ。そして自分はそんな彼が大好きだった。
けれども、とルルーシュは考える。今さっきまで自分と話をしていた人間は本当に枢木スザクなのだろうか。本当は全然別の誰か知らない人間で、スザクはあの時死んでしまったのではないか、そんな馬鹿な考えが頭を占めて離れない。そんなことがあるはずないのに。そうだ馬鹿な考えなんだ。彼は間違いなく七年前別れた親友であってそれ以外の何者でもない。屋根から落ちそうになった際に掴んでくれた手は幼いころ崖を上るとき引き上げてくれたものと何も変わらないじゃないか。そうだ何もかわらないんだ。けれども疑念は付きまとう。スザクはあんなふうに自分を押し殺してまで他人へ気を配るような人間だったか?あんなに上手に、
(お前は誰なんだ?)
正義、と恥ずかしげも無く口にする様子は確かに昔の彼を彷彿とさせたがその瞳に昔のような輝きは無い。昔は自分の信じたものを誇るような輝きが確かにあった。しかし今のスザクはまるで何かに怯えているかのように正しさを求め続けている。
なら、その正義とはなんだ?再開していくらか経ち二人で話をする機会も多くあった。その中でゼロや黒の騎士団の話題になると直ぐに彼はその二文字を口にする。けれどルルーシュはその明確な定義を聞いたことが無いのだ。
ルルーシュ自身の正義は酷くシンプルで分かりやすい。ナナリーに害があるか否か。ただそれだけだ。ルルーシュはどんなことが起ころうとも最後に彼女さえ掌の中に守れていればそれでよかった。当たり前だ。そのために自分はあの大国へ反旗を翻したのだから。
じゃあスザクは?彼は何のために日本人としての誇りも家も全て捨て軍へ身を置くのだろう。そこに彼の言う正義があるとは思えない。軍だって結局はたった一人の意思に従い動いている物に過ぎない。その頂点、あの男の正義などがスザクの言うそれだとは思いたくも無かった。
ならどうして。どうしてお前は軍へ戻るなんていうんだ?
考えれば考えるほどスザクから遠ざかっていくような錯覚を覚える。七年前あれほど自分たちは近くに居てお互いを唯一無二とさえ思えていたのに。スザクはゼロの、ルルーシュの手を取らなかった。自分たちはどこで間違えてしまったのだろう。どうして折角巡り合えたというのにこんな思いをしなければならないのか。項垂れて、きっと一生自分がスザクのことを理解することは無いんだろうなと漠然と感じた。同じようにスザクが真実ルルーシュを理解し受け入れる日もやってこない。七年前、あの時手を離さなければよかった。そうしたら自分たちは今のときをもっと幸福な気持ちで過ごせていたはずだ。こんな虚無感を抱えてたった一人の親友を理解できずに泣くことなんて絶対に、無かった。
霞んだ視界に彼が出て行った扉を捉える。それが開くことは、ない。