もういい、全て終わってしまう。達観にも似た諦めを感じ、せめて彼の手で死にたい。そう思い自分の顔を覆っていた仮面を取り払う。
「俺を殺せ」
随分身勝手な言葉だ。自嘲気味に笑う。言われた彼は虚を付かれた表情を一瞬で怒りに染め、
「馬鹿ッ!!君は僕がそんなことできると思ってるの!?」
ねぇ!と強く肩を掴みスザクは泣きそうな声音で叫ぶように言った。少し震える掌の熱を感じながらルルーシュは言われた言葉が理解できずに目を見開く。彼は何を言っているのだろう。まるで異国の言葉のような心地で繰り返せばますます理解は遠のきルルーシュの思考は混乱を極めた。だって自分と彼は敵同士のはずだ。彼はルルーシュの差し出した手を拒否した。思い出すと今だに苦い気持ちがあふれる。それがどうした?
肩口に顔をうずめ、まるで縋るような(あるいは何かから守るような)格好の彼を見る。彼は今白いパイロットスーツのままで自分も仮面を取っただけでゼロの格好のままだ。それが滑稽でしかたない。自分たちは一体何をやっているのだろう。こんな敵だと知ってからもまだ、お互いにお互いを切り捨てられないままこんなところまで来てしまった。スザクの優しさは変わらない。自分に触れる掌も何も昔から変わらない。それなのに。
「スザク、お前の言うことの意味がわからない」
震えそうになる声を必死で押し込めて素直な感想を音にのせれば、肩に置かれたままのスザクの掌がびくりと震えた。理解できない悲しみと理解されない悲しみがお互いを支配していてそれが離れてしまった距離を実感させる。いつだって、そう離れていた間だって、自分が彼を一番に理解し、また彼が自分を一番に理解してくれているという幸福とも呼べる意識があったのに。
スザクの掌に力が込められる。もしかしたら彼は今泣いているのかも知れない。スザク、と小さな声で呼べばそれに応えるようにまた少し掌の力が強くなる。まるで掴んでいないと消えてしまうとでも思っているかのようだ。
「きみは、もっと我侭を言うべきなんだよ」
「スザク、俺はもう十分に我侭だ」
自嘲のぎみに笑い、未だ顔をあげようとしないスザクの背中をあやす様に撫でてやれば、それでも強情にスザクの首は横に振られる。それではスザクのいうわがままと言うものは一体どういうものなのだ。ルルーシュはゼロとなりこの戦を引き起こした。我侭と言うには表現が穏やか過ぎるかもしれないが、ルルーシュはこれが復讐という自分本位な理由からの行動だと自覚している。
しかしこの幼馴染はそれを否定して自分にこれ以上の傍若無人さを望むという。お人よし、そう言うには少し度が過ぎているのではないか。それに苦笑とほんの少しの暖かさを感じているとスザクがようやく顔を上げてこちらに向き合う。やっぱり彼は泣いていて、瞳が少し赤かった。それでも彼は何も恥じることはなく真っ直ぐにルルーシュを見つめて言うのだ。
「ルルーシュのそれは全部誰かのための願い事だよ。キミの心からの願いなんて、我侭なんて一つだって僕は聞いた事がない」
「そんなことは」
「ないと思ってるの?」
そんなことはない、咄嗟に否定しようとした言葉はスザクの声に遮られて最後まで音にはならなかった。見つめられたままの視線が急に居心地悪く感じて、それから逃れようと体を揺すれば逃がさない、と言うようにスザクはルルーシュを抱きしめる。
「何時だってそうじゃない。君は、」
「ッ、スザク」
「ナナリーナナリーってそればかりで、」
(やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ!)
あの愛しい存在を突きつけられただけで発狂してしまいそうになる。ルルーシュの心の柔らかい部分。誰にも触れさせることの出来ないそこにスザクの姿もある。七年前、世界の全てを信じられなかった自分に微笑みかけてくれた人。それは今だって変わらないはずなのに記憶の中のその姿は酷く曖昧にぼやけてしまっている。
(どうして)
どうしてスザクがこんなことを言うんだろう。己の知る彼はこんなことを言うような人間だったか?
「僕がやる。そんな危険なことは僕が、酷いことも醜いことも、そんなことは僕がやるから」
まるで幼い子供に言い聞かせるような優しい声音でスザクはルルーシュに言葉を向ける。今まで見たことのない幼馴染の様子に飲まれてしまって上手く返答が出来ない。スザクの掌がルルーシュの前髪を撫で上げて始めて仮面をどこに置いただろうかと考えた。あの、ゼロに、テロリストになるための、
「こんなもの捨てちゃおうよ」
どこ、へ。